にっくき親知らず

 親知らずを抜いてから1週間が経った。気が向いたのでちょっと記録しておこうと思う。

 

 歯の痛みが気になっていたので、虫歯と予測して受診したところ、恐らく虫歯ではなく成長した親知らずが他の歯を圧迫しているためだろうと言われ、確かに歯並びが昔よりも悪くなったように感じていたので、これを機に抜こうと決めた。

 私の場合、1本も欠けることなくばっちり全箇所4本親知らずがにょきにょきしているらしい。まずは1本抜くことにした。

 

 痛いとは聞いていたが、耐えられぬほどではないだろうと思っていた。

 抜歯にどれほどの費用がかかるのか事前に知っておこうとぐぐると、『大人だけど、親知らずの抜歯で泣いてしまいました』という話を見かけ、そんなに痛いのか…と不安になるも、痛みにめちゃくちゃ弱いというわけでもないし、泣くまではいかないだろうと考えていた。

 甘かった。

 

 麻酔の注射を打たれ、最初のうちはたいした痛みもなく、このままひょいっと抜いて終わるものと考えていた。施術の最初、「縫合ありますか?」「いや、たぶんない」という助手さんと歯医者さんの会話も聞いていたので、大掛かりなことにはならないのだな、と内心ホッとしていたし。

 しかし、ペンチらしきものを歯医者さんがいくらぐいぐいやろうと、何かが終わる気配はない。大の男の人が力いっぱい、私の口の中で大戦争を繰り広げてる。最初は滑稽に思って笑いそうだった。

 でもちょっと尋常じゃないくらい、唇を裂こうかという勢いで、口の中と言わず顔中をぐぐいぐいとやるのだ。口の中は麻酔が効いているけど、唇は生の感覚をびんびん感じています。死ぬ。唇がどっかにやられて死ぬ。

 痛かったら右手をあげてくださいね、っていつも治療の初めに言われるけど、私は右手をあげたことがない。あれってあげたらどうしてくれるの? 痛いよね、今日はここまでにしとこうか、ってお家に帰らせてくれるの?

 私は右手と左手をしっかりと組んでひたすら口を大きく開けていた。

 あんまりぐぐぐいぐぐい、ってやられ続けるもんだから、治療を受けてるっていうより、先生と私の意地の張り合い、みたいな気持ちになってきて、おうその喧嘩この口で受けてやろうじゃん、みたいな謎の闘志も燃えてくる。

 

 しかし、あまりに抜けない。そのうち、予定になかったのであろう器具の調達を指示する先生の声と追加された助手さんの声で周りが慌ただしくなってくる。私は今まで歯医者さんの治療、目を開けて受けてきたんだけど、この日は途中から目を閉じた。見ていると痛みが増すように感じられ、つらくなったから。

 今や唇だけではなく、攻撃を受けているくだんの親知らず近辺も痛いのだ。喉もなんだか風邪を引いたときのように痛い。

 永遠とも思える苦しみに、この頃もはや先生への闘志はついえて、なぜこのような痛みを私にお与えになるのか、なぜこのような試練をお与えになるのか先生よ、って悲しみでいっぱいになっていた。

 歯だか骨だか削りますね〜(痛みと悲しみで記憶があいまい)って言われてチュイーンとされ始めると、もうだめだった。

 

 私は右手をあげたことがない。私泣いたりするのは違うと感じてた。飾りじゃないのよ涙は ハ、ハ〜ン…

 

 固く閉じた目の脇から、ツーと涙がこめかみまで落ちるのがわかりました。

 もう!痛いし!怖いし!悲しいし!長いよ!!!

 いったん泣き始めると、涙が止まらなくて、でも声をあげるのだけは我慢して、口を大きく開けながら、両手を組んで、泣きました。

 そんな姿を哀れに思ってか、助手さんが慰めるように、励ますように私の肩をさすってくれました。大人なのに、まさか泣くとは思っていなかったのに、って情けなさが募って、痛みも恥ずかしさも相混じって、ちょっと泣く、とかではなく、ヒクッ、ヒクッと嗚咽で身体が揺れるのも抑えられないくらいガチ泣きしました。助手さんは「もうちょっとですからね」って声をかけながら肩をさすさすしてくれる。ウッウッ。さすさす。ちゅいーん。ウッウッ。

 

 結局2箇所も縫合して、歯を抜き終わったのは1時間経ってからでした。

 歯は真っ二つに割られていました。この…親知らずめ!さんざん苦労かけやがって!誰がここまで育ててやったと思ってんだ!

 

 抜歯部分にそこまで痛みがあるというわけではなかったけど、2日目まで唾液にはかなりしっかりと血が混じっていた。痛みの一番は、喉だった。唾液を飲み込むのもつらい。1回飲み込むごとに覚悟を要する。そして耳の奥と頭が痛い。調べると、抜歯後はそれら症状は普通にあるようだ。顔もきちんと腫れた。あと8キロ太ったらこんな感じかな、って具合に顔の片側だけが膨れていた。2日間は、ひたすら氷のうを頬と首に当てて寝て、氷が溶けたら起きて氷を入れ替えるだけの生活だった。2日目熱い熱いと思っていたら8度2分の熱があった。

 顎も開けられないし、嚥下するのも苦しいので、4日ほどはヨーグルトを口の隙間に差し込んでひとくちふたくち舐めるだけだった。体重は2、3キロ減った。そんな生活を続けていたら、派手な口唇ヘルペスが出来た。

 顔の片っぽが膨れているうえに、口唇ヘルペス!顔面秩序の崩壊!

 悲しくて、ちょっとまた泣いた。

 

 抜歯から1週間経って、喉の炎症は治ってきて、口も少し開くようになったけど、まだまだ指1本くらいの隙間を開けるのがやっと。口唇ヘルペスが治っていないので抜糸も終えていない。そして耳の奥と頭の痛みは続いています。治るのかなあ。

 今やりたいことは、何の痛みも感じず、健やかな気持ちで、大口を開けてどでかいハンバーガーにかぶりつくこと。

 次の親知らずを抜く気には、しばらくなれない。