実家の老いた猫のこと

自分が歳をとれば、当たり前だけど周りも歳をとる。老いる。

子どもの頃からテレビで見知ってきた、「おじいちゃん」達が続けてこの世を去っていく。熱心なファンでなくても、心のなかで在り続けた「おじいちゃん」らがいなくなってしまうのは、どうしても心細いような気持ちになる。

たまにまともに見てみれば、思いのほか両親の顔の皺が深くなっていたり、びっくりするくらい白髪が増えているのに気づき、ほの暗い気分になる。

 

 

私が小学生の頃から家にもらわれてきて、十五年。今年で十六歳になるはずの猫が実家に居る。

長い間、彼は弟だった。ちょっと抜けてて、体が大きくて、少し意地っ張りの、でも最高にかわいい見た目をしてるやつ。

私の母には素直に甘えてすぐ喉をごろごろ言わせながら膝の上に乗りたがるけど、私にはわかりやすく甘えてこない。私がソファに座っているところの横にやってきて、どたっと体を無造作に投げ出して、少し体重を預けてきたり、伸ばした腕が私の一部に触れていたりする。

 

夜はよく私の部屋へやってきた。入りたがって部屋の外から鳴く。あんまり鳴くので、意地悪をして無視をしていると、ほんとうに哀れを誘うか細い声で鳴く。それでも開けないでいたことも多かった。今振返ると無意味な意地悪だった。

だいたいは、私の寝ているあいだに部屋へ来ることがあれば、と思ってふすまを薄く開けていて、そのうち腕を差し入れて体をねじ込み、ベッドの上へぴょいと飛び乗って眠ることが多かった。

朝、起きて、寝ぼけたまま足下を探ると、彼が丸くなって(ときにはだらりと伸びきって)眠っていることも多く、足裏でその毛の感触や体温を感じ取るのはよい時間だった。日曜の朝など、その感触を楽しみながら二度寝ができるときは、間違いなく幸福な時間だった。

寒い季節には、布団に入りたがって、横たわる私の掛け布団の上をぽすっ、ぽすっと音を立てて沈みながらやってくる。鼻面をあてて掛け布団の入り口を掘り起こし、するりと体を潜り込ませて、私のお腹の上か、掻いているあぐらの三角部分にすっぽりと収まる。布団をめくって様子をうかがえば、眩しそうに目を細めるのが確認できる。

母には無条件ごろごろビートを奏でるくせに、私にはごろごろを安売りしなかったけど、そういえば布団に入ってお腹の上に乗ってくるときは盛大にごろごろしていたな。

私が本格的に眠りに入るときは、重たいのでお腹の上からどかして、脇腹の横に移動させて、腕のなかで眠らせた。

 

喉が渇いて目が覚めた夏の夜には、真っ暗なリビングのなか、ちょこんと座ってカーテンのすき間から開け放した窓の外へ視線をやっている静かな彼を見ることもできた。

 

 

どんなときでも彼は家にいてくれて(若いときにはときどき家を脱走して、こちらに心配をかけさせたけど)、こっちが泣きたい気分や寂しい気分のときにも変わらず、というより普段より少し寄り添うような雰囲気を出してくれて、そしていつも長閑だった。

 

 

私が歳をひとつずつ取るごと、彼はもう少し早いスピードで歳をとっていって、ずっと「弟」みたいに感じていたのが、だんだんと自然に「おじいちゃん」に変わっていった。

 

 

 

実家を去年の冬に出て、それは自分のバランスを保つために必要なことだったと今でも思っているけど、たまに家へ帰って猫の様子を確認すると、不安でいっぱいになる。

家に帰るごと、目に見えて「老い」が進行していて、この前の帰省ではそれが、すごくすごーく顕著で、どうしようもなくかなしい。

もうずっとよく寝る子だったけども、ほんとうにずっと寝ているし、反応も鈍い。

だるまさんが転んだ、のような遊びが好きだったけど、それがやれるとも思えない。

背骨がごつごつと浮き出て、座るときには、猫独特のちょこんと座るカタチではなくて、腰砕けのようなたらりとした尻の落着け方をする。

前足を体の下に折り畳んで落ち着く、猫のあの収まり方も、以前なら体の大きさからどすん、とした存在感と質量があったのに、今では、筋肉も肉も横に横に流れて、使い古された座布団のように薄い、ひらべったいカタチになる。その、器が崩れて横に平面に伸びていく様は、魂も流れ出て散逸していくようで、とても、不安になる。

 

老人によく見るような、すべての動作が緩慢で、しばしばする途方に暮れたような佇まい。

抱き上げれば軽く、頼りなく、脆く、ぱさついている。

 

そういった様子を見ていると、もう彼は私の属している「生」の世界よりも、ほとんど「死」の世界側に身を置いているんだな、と漠然と思う。

 

 

久々に帰った家の、でも慣れた自分の部屋ではないベッドで、けれど以前と同様に入り口を少し開けておいて寝た。朝方ふと目を覚ますと枕元に彼がいてじっとこちらの顔を静かに見ていた。腕をあげてそっとそっと撫でながら、また眠った。

しばらくしてまた起きると、私の顔のすぐ横で彼も眠っていた。うつぶせになって、同じ枕にこてん、と頭を預けて眠っている。ああ、こうして眠ることもよくあったな、でもこうして一緒の枕で眠るのはきっとこれが最後なんだろうな、と思うと無性に泣けてきて、ぐすぐすぐすぐすしながら朝を迎えた。

 

 

この、長く一緒にいてくれた猫が失われるのがほんとうに怖い。ほんとうに不安で、寂しい。

「その日」を迎え、乗越えられるときが来るのだろうか。