消えたさ
プライドが高いわりに行動力も実力も才能も足りていないので、なんかすべてが「面倒くさい」っていう感情に繋がる。逃避である。
これは不思議と覚えてるんだけど、小学…2年生くらいのときに、学校の廊下を一人で歩いていてふと「なんで私は私なんだ?」とすごく驚いた。灰色のコンクリートが斜めになった階段の裏の壁と一緒に、その驚きと理不尽な感情を覚えている。
「私が私であること」に急に気付いた。「私が私以外の何かでないこと」、「私として生まれてきたこと」、「私が私一人で私を負っていること」それに驚いて、びっくりした。
そしてそれに不満というか、理不尽さを感じた。
”私は望んでいないのに、「ここ」にいる”
あの瞬間のぼうっとした感じ、あれをいまだにずっと引きずっている。
私は「私であること」に責任を持ちたくない。主体として生きることに途方もなく面倒くささを感じる。
人間の営みや感情や文化や社会のありかたに興味はあるんだけど、そこに自分が入っていってそこの一人として参加していくことがとても面倒だししんどいし、うまいことできない。
客体として世界のありようを眺めていたい。くらげが海をゆらゆら揺れてるような感じで、意識だけをふらふらと漂わせていたい。
…まことに最近の若者はけしからんこった!
けど本当にそうなんだよ。